ページ

月曜日, 4月 22, 2024

えで始まる言葉


え、もなかなか絵にならないが、なんとか揃えることができた。孫の大好きな駅も入れた。

 

か ではじまる言葉


 かぜ、かき、かまぼこ、かも、かい、かめ、かまきり、かもめ、かさ、かっぱ、かに、かわ、かお、カレー、カヌー、かつどん、かめら、カンガルー。

かはいっぱい思いつくな。

浜辺の少女

 本日は浜辺の美少女。下に元写真があるが、波の様子を少し変えている。


2017年に日向市お倉が浜でVISSALAユースサーフィン世界大会が開かれた。世界各国から若いサーファーたちが集った。サーフィンの大会というのは素人が眺めていてもさっぱりわからない。面白くもない。かなり地味なスポーツである。しかし、世界の若者たちが波打ち際で応援している姿は面白かったので写真に撮った。すごいカメラを持ったおじさんカメラマンも何人も来ていたが、彼らもかわいい女の子のショットを狙っていた。



参加国は偏りががある。早い話白人国ばかり。それもイギリス連邦諸国が多い。チャネル諸島とかバハマとかあまり聞かない国たちは独立国というよりイギリスの海外領土。





特にカナダ人のこの女性の立ち姿がステキだったので写真にとった。6年ぶりに見返して絵に描いたというわけ。



土々呂回想

 本日の一枚は土々呂


ファイアアルパカは表現できるブラシが限られている。これは水彩のつもり。

土々呂の浜に漁船が上げられている情景。元の写真はたぶん私が撮ったものでたぶん1970年代だろう。まだ海浜公園ができてなかったころ。まだ無動力の漁船が存在したころ。

これはそれ以前、1960年代のまだ海水浴場があったころ。



これは1960年代末か。私が撮ったもの。まだ一ヶ岡の団地の造成が及ばず、段々畑が無数に見えている。


これは最近。埋め立てで海浜公園ができ、さらに砂浜が広がっている。したがって、絵の頃に比べて対岸までの距離はかなり減っているはず。

私はこの浜のすぐそばで育ったから、この浜は私の幼時の思い出そのもの。いま、海浜公園には津波対策で巨大な防波堤が建設されつつあり、陸側からはいよいよ海が見えなくなりつつある。なんてことだろう。

大崎上島明石港の日没

 本日の一枚は大崎上島の明石港。

数年前に竹原から大崎上島に行き、大崎下島に渡るときにフェリーに乗るために港に行った。明石港から大長港までほんの10分ほどととても近い。

大崎上島には木江という古い町並みがある。当時は中国四国の古い町並みをよく訪ねていた。しかし、木江の町並みはいかんせんゴーストタウン化してしまっていた。いかな古い町並みとはいえ、無人化すると廃墟となってしまい風情はない。

瀬戸内の古い町並みは港町が多く、江戸時代は風待ち汐待の港で花街だったところが多い。ここも小規模だがそんな雰囲気があった。
山田洋次監督の「東京家族」のロケ地らしい。今では旧聞になっているかもしれない。


明石港から大崎下島の大長港に行くフェリーで。当時はこの紺色のフィットだった。





大鳴門橋

 

淡路島から大鳴門橋を渡るときに見た日没。

実際の写真はもっと迫力がある。




思い出深い場面。大阪から四国経由で帰る途中、神戸の高速入り口近辺で外国人ヒッチハイカーを拾った。高知に行きたいという。コロンビア人の学生で高知で和紙の工房に見学に行くという。徳島道に入るとガラガラで多分100㎞くらいで走っていた。はるか後方に一台のセダンがいるなぁ、と思っていると徐々に近づいてきて点滅灯を光らせ始めた。

何と覆面パト。徳島道は70㎞制限だった。罰金を2万だか3万だか取られた。コロンビア人の若者は事情が分からず自分のせいではないか?と心配していたので「Don’t worry !」と言ってやった。

その後暗くなり、西の空に金星と木星が近接して輝いた。「Look!They are Venus and Jupiter」というと、彼は「あなたは天文に詳しいですね」と言った。別に、詳しくなくとも日本人ならそれくらい知ってるんだよ。SAで彼を降ろし高知ナンバーの見つけ方を教えて別れた。

今日はたまたま金星・木星が接近しているのを観察できた。あの時を思い出す。

波当津のユニコーン

 本日の一枚はこれ


場所は波当津。4年前かなー。孫たちを連れて波当津に行くと、若者グループがユニコーンのフロートで遊んでいた。このフロート、ヨットみたいなもんでちょっと風があるとどんどん流される。若者たちがはるか彼方に流されるユニコーンに遊び飽きた頃、ちょっと借りて孫たちに遊ばせた。乗っている子は姪の子で、当時7歳。


ちょっと海の情景を変えてみた。


いずれにせよ夢のような光景である。日本にも楽園はあったのである。こんなところで毎年遊べる私の孫たちは幸せだ。


波当津の少女

 本日の一枚はこの少女


当時5年生の親戚の少女を孫たちといっしょに海に連れて行った。ちょうど背が伸びる時期の少女の伸びやかさを描いてみた。

実際は熊野江で遊んだ時の写真をもとにした。


この写真では曇天で海の色が出ない


これでも今一つなので別の日に撮影した波当津の海を組み合わせた


この少女はもっと年下のミキコちゃん。

九尾の狐

 孫へ数字の絵手紙を送っている。9という数字で思い浮かぶのは九尾の狐くらいしかないのでネットで探すが、これというのがないので自分で描いてみた。


どんな話なのかと調べてみると中国の伝説によるものらしい。

アンドリュー・ワイエス、「クリスティーナの世界」

 久住高原でアンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」で見るような風景を見た。そこでその光景にクリスティーナを描き加えてみた。


実際の写真はこれ



ワイエスの作品はこれ。クリスティーナは足に障害があり、歩けない。


春を告げる落ち椿

 本日の一枚はこれ、落ち椿


散歩コースの日知屋城は椿の山で今の時期は散策路は落ち椿である。椿は頭上に咲いているのだが、下からはなかなか見えない。それが樹下に落ちてわれわれは椿のあることを認識する。


多量に落ちているのも美しいのだが、写真で撮るとさしたることはない。椿の赤は目に飛び込んでくるのだが、風景全体の中で占める面積は実は小さいのである。


雨上がりにはたくさん落ちている。じきに汚らしくなる。

この絶景を楽しむ人はごく少ない。もったいない。
下は8年前に佐賀の鍋島氏菩提寺で撮影したもの。この孫も今や中学2年。



 

押川春浪の「海底軍艦」という小説がある。明治時代のSF小説である。青空文庫で読める。現代風に言うと「海洋冒険小説」という分類かな。その後の日本の冒険ものの原形となっている。南方へのあこがれやロマン、男児の大好きな戦闘、兵器、乗り物、科学が全部織り込まれているので少年ものとしてもその後の規範といえる。日露戦争以前の話だから相当古い。

その中に出てくるのが「海底軍艦」日の出号である。その後、第一次世界大戦でそれは潜水艦として実用化される。ただし、日露戦争以前の発想だからその機能や形は潜水艦らしからぬ面が多い。小説には挿絵がないので空想でそのデザインを思い浮かべる以外にないが、ネットを見ると様々なイラストがある。適当に引用してもよさそうなものが見当たらないので自分で描いてみた。まぁ、こんなもんかな。日の出号は南洋の孤島で秘密裏に建造されている。そんな状況である。

ななつの子

 

こんどは孫に数字のピクチャーカードを送っている。数字に関するイラストをネットで探す。そこで童謡「ななつの子」に関して調べてみると意外とイラストがない。あってもかわいくないか野口雨情が同意しかねるような絵ばかり。そこで自分で描いてみた。

ゆで始まることば


 ゆではじまるのは、雪、夢、幽霊、弓、ユリ、指など

 本日の一枚はこれ


これは国東半島泉福寺の仁王。昨年の11月に訪れた。泉福寺はたぶん3度訪れている。この仁王もお気に入りである。寺の境内は広く高低差もあって散策は楽しい。横浜総持寺系の曹洞宗の寺。

前から見るとこうなる。


茅葺き屋根の堂がある。



この写真を絵に描いた。

国東の仁王は不細工で素朴なデザインのものが多い。そこが魅力である。そこいくとこのような両子寺の端正な仁王はあまり面白くない。


こで始まる言葉


 

孫は自分で郵便受けに行って、ハガキを取り出し、口に出して読んでいるそうだ。ここでは「こうえん」とか「こども」とか自分になじみのあるものだからすぐにわかるようだ。

日曜日, 4月 14, 2024

アクリル絵の具を買ったら

 アマゾンが勝手に推奨してくる商品がある。その中にアクリル絵の具があった。メチャ安い。国産のメーカー品の3分の1もしないくらい安いので、思わず買ってしまった。

アクリルガッシュはよく使っていたが、単なるアクリル絵の具はあまり使ったことがない。アクリル絵の具とはそんなものなのかもしれないが、とても使いづらい。粘土が強く、隠ぺい力がない。油絵具に近い使いごこちかな。この中華絵の具の特性なのか、アクリルってものはそんなのものなのか、とにかく買ってしまったのだから慣れなきゃ仕方がない。

で、とにかく一枚描いてみた。


三郷町林業センターの秋色。沼杉の紅葉。一部にガッシュを使った。